第三話 マネージャーとして……
お昼休みは戦いだ。
今日は弁当を作る時間が無かったから、コノエは学食へと向かったのだが、いきなりの人出にビックリしてしまう。
この狭い空間に全校生徒が集まったのでは無いかと、緊張して尻尾を立てる。
「コノエー!こっちこっち!」
そんなコノエの様子を知ってか知らずか、呑気な声が聞こえた。
コノエは雑踏の中で声のした方向を探す。すると案外近くに声の主・トキノを発見してコノエは駆け寄った。トキノは既にコノエの分まで注文を済ませていたらしく、コノエの席には湯気を立てたクィムの素揚げが乗っていた。
「すぐに買えないんじゃないかと思ってさ。前にクィム好きだって言ってたし」
「美味しそう!ありがとな。」
ニコリと微笑むトキノにコノエは感謝を告げながら席に着いた。
本当なら売店で何か買って教室で食べればコノエとしては楽なのだが教室は既にコノエを安心させる場所では無かった。日に日にクラスメイトが学校に馴染むにつれて増す複雑な感情がコノエには不快だった。
この学食なら、あまりの猫の多さに平気だろうと踏んでやって来たのだが……。
「ね、猫酔いしそうだ……」
見た目で酔いかけのコノエだった。
「3学年分だから、沢山いるよねー。屋上、使えればいいのに」
トキノは鰹節丼をもぐもぐと頬張りながら呟いた。
そう、あのライとか名乗る横暴な白猫が「屋上は俺のテリトリーだ。お前らが使っていい場所じゃない」と無茶苦茶な理由でコノエ達を追い出したのだ。手持ちのバッドで脅してくるから、コノエもトキノも仕方なく、こうして違う場所で昼食をとっているのだ。
「コノエ。そういえば大丈夫だった?昨日……あれから」
「昨日?」
コノエは考えても仕方無いと良い香りのするクィムの素揚げにかぶりついていたが、トキノの問掛けに顔を上げると小さく、あぁと頷いた。
「なんかライの横暴さを間の当たりにして終わったよ」
※※※※※
いきなり現れた大型種の白猫に一年である中型種の猫はすくみ上がっていた。
「おい、このクラスにコノエとかいう猫がいるだろう。呼べ」
睨みを利かせた瞳の奥に宿る正体の分からないライの感情に、中型種の猫は自然の本能で泣きながらコノエを呼びに来た。
もう放課後で昼食時の屋上での出来事なんて無視して帰ろうと、コノエは鞄に教科書や筆箱をしまい込んでいる所だった。
「な、なぁ。アンタにお客さんだぜ」
「客?」
珍しく話しかけてきたクラスメイトの台詞に首を傾げながらコノエはクラスメイトの指差す教室の後ろ扉を見た。
昼間の、猫。
「……!俺、帰る」
「ままままま待てよ!このままじゃ、俺が殺されちまう!」
「知った事かよ」
「お前、あいつの噂、知らないのか?」
我が身可愛さ故か、クラスメイトはコノエが逃げられないようにコノエの制服の裾をがっちりと握っている。これでは逃げられない。
「噂?」
コノエにとっては不良から助けてくれて、かつ屋上のランチを邪魔した猫でしか無いのだが、このクラスメイトにとっては違うらしい。
「あぁ!あれは『釘バッドのライ』だ」
いつの間にか他のクラスメイトも集まっていて、口々に言う。
何故かいつもバッドを持ち歩いている。無表情。一匹猫で喧嘩が強い。目を付けられたら終わりで半殺しにされる……など、どれも信憑性が高いのか低いのか分からない、ありがちな設定ばかり。
まぁバットを持っていて無表情なのは噂でなくとも本人を見れば分かる事だが……。
しかしクラスメイト達の中にある、恐れとかすかな好奇心がコノエの中に入って来た時……コノエはゆっくりと立ち上がった。
「いいから、そこどけって!」
見世物なんかじゃない!コノエは教室の窓に向かってクラスメイトの掴む裾を振り切って走り出した。そして一階であるから意外に低い窓から上靴のまま飛び出す。
教室からブーイングのような悲鳴や何かが聞こえてきたが、コノエは気にせず走った。
下駄箱まで後少し!
段々と勢いを落として角を曲がる。
すると……。
「案外、遅かったな馬鹿猫」
釘バッドのライが立っていた。
「アンタ、どうして……」
「クラスの連中に囲まれ始めていたからな。素直にこちらに来る様子も無かったし、先回りした」
まさか上靴のまま帰宅するとも思えん。白猫が笑った。
「じゃぁ、このまま見逃してくれない?俺、帰りたいんだけど」
「馬鹿猫が。野球部に入れと言っただろう」
「はぁ?アンタが勝手に言っただけで、俺は関係無い!」
「その身軽さで運動部から声がかからないという訳ではあるまい?だったら、どこかに腰を下ろした方が相手の為でもある」
ライはコノエの持っていた鞄を乱暴に取り上げるとスタスタと歩き出した。
「あ、ちょっと!」
「付いて来い」
コノエが鞄を取りかえそうとライに掴みかかったが、そのままライは小柄なコノエの肩を抱いてしまい、スタスタとコノエを身体全体で引っ張るようにして歩いたのだった。
※※※※※
「ここが、野球部?」
「ふん。ただの野球部ではない。弱小野球部だ」
汚れたロッカー。
脱ぎ捨てられたユニフォーム。
ボールとバッドが所々に散らばる部室を出ると、広い練習場所で散々になりながらキャッチボールをしている部員が目に入った。
「あいつらが部員だ」
紹介する、とライはコノエを引き連れたままスタスタと練習場を横切る。
「だ、だから俺は野球なんてっ」
「おい、紹介するぞ」
ライの大きな声にコノエの抗議はかき消され、尚且つキャッチボールをしていた部員の注目が一気に集まった。
「よく聞け」
ライは一際強く睨みを利かせると、部員がすくみあがる。
誰もが気が弱いのかライのやる事に一切口を挟まない。
しかしコノエはこのライの一言に異議を申し立てなければならなかった。
「俺が新入部員の3年のライだ。こいつがマネージャーのコノエ。俺のつがいだ」
「誰がつがいだぁぁぁぁ!」
しかも、ライは野球部に入部していなかったのだ!
続く。