第二話 野球やろうぜ!
嫌なやつ!
せっかくお礼を言おうと思っていたのに、「周りを良く見て歩け、馬鹿猫が」の一言でコノエの元から短い堪忍袋の緒はあっという間に消え去った。
確かに助けてもらったのはこちらだが、言い方というものがあるだろう。同じ高校の上級生らしいが、これは一発文句を言ってやりたいとコノエは休み時間の度に校舎の中を練り歩いた。
不慣れな校舎とは言え基本構造さえ把握すれば簡単で、後はどの階段から登ってきたかだけ忘れないように歩くだけだった。
1階は1年生の教室と特別校舎(実習室やクラブ室がある)への渡り廊下がある。2階は2年生と教員室。3階は3年生と単純な造りで、コノエは相手の顔を注意深く見ながら歩いた。
しかし。
「っかしーなぁ。いないし……」
もう放課後になり、ありとあらゆる場所を行き尽した。
なのに、あの白くて大型で失礼な猫はコノエのセンサーに引っかかる事無かった。
「今日は休みなのかなぁ……」
「おーなんだ。誰か探してんのか?」
思わず声に出してしまうと、いきなり後ろから声をかけられた。
誰だ?と振り返ると担任のバルドが出欠簿を持って立っていた。どうやら独り言を聞かれたらしい。
あまり好ましい風貌では無かったが、聞くだけならタダだし、新入生の自分よりも教員である彼の方が生徒に明るいだろうと、コノエは事の顛末をバルドに話した。
すると、バルドは少し意外そうな顔をしてコノエに尋ねてくる。
「その白の大型種って……もしかしてバッドを持って無かったか?」
「は? バッド?」
何か持っていたかとコノエは記憶を探ってみるが、どうにも思い出せずに首を振ると、バルドも「そうか」とため息をつく。
「悪いな、俺じゃ力になれんようだ。そんな白の大型なんて目立つ猫を見落とす訳なんて無いしなぁ」
出欠簿の角で頭を掻きながらバルドが謝ってくる。
コノエは元より期待もしていなかったし、もしかしたら不良で滅多に学校に来ない可能性を忘れていたとバルドに告げた。
だからバルドが「アイツがそんな事するハズねぇしなぁ」と漏らしていたのを、聞き流していた。
※※※※※
翌日、コノエはトキノという仲の良いオス猫と一緒に昼ごはんを屋上で食べる事になった。
本来なら立ち入り禁止の屋上だが、トキノが校舎中を探検したら、実は扉の鍵が空いていたらしくコノエも行った事の無い屋上に興味を引かれて着いて行ったのだ。
「わー! 景色いい!」
「でしょ? きっとコノエは気に入ると思ってたよ」
「ありがとう、トキノ!」
いつもよりも空が近い。
風がそよいでいて気持ちが良かった。
嬉しそうにあっちこっちと指を指して「あそこ辺りが火楼で……」と楽しそうなコノエにトキノは微笑んだ。
実は友達が出来なさそうに教室にいてもポツンと座っていたコノエに話しかけたのはトキノの方からだった。いつも一人でいたから、寂しいんじゃないかと話しかけたのがきっかけだが、とても素直で明るくて楽しいコノエにトキノはすっかりメロメロだったのだ。
可愛い。
お世話したい。
笑顔を見せて。
そんな下心ありありでコノエに接しているのだが、肝心のコノエは、こちらに見向きもしない。
胸に一抹の無念を抱いてトキノは弁当を広げた。
「コノエ、早く食べないと昼休みが終わっちゃうよ」
「わっ! 待って待って!」
そうしてコノエがまたたび入りのトマトサンドを頬張ろうとした瞬間……。
「ふん。呑気なものだな、馬鹿猫が」
忘れようとも忘れられない声が図上から聞こえた。
トキノとコノエは、ほぼ同時に声のした方を見ると、給水タンクの上から白い毛並の整った尻尾が揺れていた。
あの尻尾は……!
「まさか、あんたは!」
「コノエ、知り合いなの?」
「ふんっ」
鼻で笑われたかと思うと、身軽にも大型種の尻尾は給水タンクを跳ねて、コノエのトキノの前に着地した。
白い大型種。それはコノエが探すに探しても見つからなかった、あの猫だった。
……何故かバッドを片手に持っている。
「同じ高校の新入生だとは思っていたが、立ち入り禁止の屋上で大声出したり、昼飯を食うとは……相当の馬鹿だな」
言いながら白猫はコノエを検分するかのようにマジマジと見た。よく見ると綺麗な白猫の表情にコノエは胸がドキリと高鳴るが、そうだ、あの時に言えなかった礼を言わなければ、それと失礼な態度を戒めなければと本来の目的を思い出す。
「あ、あの。先日は、ありがとう、助かったよ……それと」
「お前、野球をやれ」
「……は?」
コノエの身体を見ていた白猫が突然、全然関係の無い事を言ってきた。
コノエはいきなりの質問に面くらい、聞き返したが、白猫は鼻を鳴らすだけだ。
「俺の名前はライ。……お前を甲子園に連れていく男だ」
……わけの分からない運命の歯車が周り出した。
続く。