月夜に眠る
どうか夢なら覚めないで欲しかった。
また、あの悪夢を繰り返さないでいるなら何でも差し出す。だけれども一つだけ差し出せないものがあるとしたら。
コノエはゆっくりと目を開けた。
いつの間にか習慣になっていた互いの尻尾を絡ませて一つ同じベッドでの就寝。
全くといっていい程身動きも寝返りも打てないが、ライが熟睡すると自然に尾も離れるので、不便を感じた事は無い。
コノエは間近でライの顔を見る。
吐息がかかる程に近い距離でライの顔を見るのは慣れていたが、最近は仕事もあって中々ゆっくりと過ごせなかった為か 少しドキドキした。近くに顔があって身体が密着していて。
ライ。
心の中だけで、名前を呼ぶ。
そういった自分の行為が妙に照れ臭くて、茶色の耳がピクピクと動いた。尻尾も微妙にゆらゆら揺れる。
ライ。
ライ。
ライ。
何度も繰り返す。
別に起きて欲しいわけじゃない。ただ目の前の白猫の名前が呼びたいだけ。
ライ。
ライ。
ライ。
「ライ」
繰り返えしている内に本当に声に出して呼んでしまう。
あっと思った時には遅く、長いまつ毛に隠された瞳がゆっくりと開く。
「……どうした」
まさか「呼んだだけ」とも言えず、まして心の中で何回も呼んでいて、うっかり、とも言えない。
なんとなく気まずくなって、パタンパタンと返事を促すように動いていたライの尻尾にコノエは自分の尻尾を絡ませた。
「別に」
「ふん。大方、俺の名前でも呼んでたんだろ」
「なっ」
「違うのか?」
「ちがっわっ……ない…けど」
どうしても最後は小声になる。
むーと耳が垂れる。寝顔は綺麗なのに何なのだろうか、この不遜な態度。
「馬鹿猫が。さっさと寝ろ。夜明けも近いぞ」
そう言ってライはコノエの体と自分の体を毛布で包み込み直すと、コノエの頭に鼻をうずめるようにして、また寝入ってしまう。
絡まった尻尾がじゃれるように遊んだが、しばらくすると反応も鈍くなり、やがて大人しくなった。
ライ。
心の中でもう一度だけ呼んだ。
あの悪夢を繰り返さないように、何もかも差し出すけれど、一つだけ差し出せないもの。
どうか、全てのリビカが思い出すと良いと、歌うたいの囁きが聞こえた気がした。
END