第一話 出会い
桜の花びらが綺麗に散る中、コノエは期待と不安で胸がいっぱいだった。
一歩一歩が、新しい道だ。
今日から、ここ藍閃高校で新しい生活が始まるのだ。
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「えーまーアレだな。このクラスの担任をする事になったーバルドだ。ま、テキトーに宜しくな」
ヤル気の無い担任の挨拶に、桜色だったコノエの胸には期待と不安の変わりに早くも軽く失望を覚えていたりした。
せっかく村を出て都会の学校にまで来たのに、どうしてこんな担任に当たってしまったのだろう。
不精髭で、髪は半端に長く、スーツを着崩した中年にコノエはこっそりとため息をついた。
元は男子校だった藍閃高校も今年から共学化が進み、少ないながらもメスが入学した。だから入学式の開場では気合いの入ったオス猫教師が多く、誰が自分のクラスの担任になるのだろうと胸を高鳴らしていたのに、とんだ外れクジを引いたものだ。
「教科はー家庭科だ。裁縫とか、料理とか主夫を極めたいヤツと、メスにモテる自信の無いヤツはいつでも歓迎するぞ。メスは誰でも年中無休で大歓迎だけど、な」
ニヤリと笑うバルド。夜の家庭科、教えてやるよと親父くさい笑みを浮かべた彼を見て、後ろの席からメスの甘いため息が聞こえた。
……どこがいいのだろう。こんなエロオス猫の。
コノエは本日何度目か分からないため息をついたのだった。
※※※※※
今年から共学化が始まって、制服も一新、学ランからブレザーになった為に一年生はとても目立っていた。
放課後になると嵐のような部活動の勧誘にもみくしゃにされながら、コノエは帰路に着いていた。
「あーしんど。まったく毎日毎日なんなんだよ……」
入学して早一週間。コノエはその身軽さや足の速さからどこからか噂を聞き付けた運動部の誘いが多かった。
今のところコノエはどこの部活動にも入るつもりは無かった。
と言うのも心動かす部活が無いというわけではなく、せっかくの高校生活なんだから何かには入ろうと思っていたのだ。
当初は。
しかし何というか村以外の猫と触れ合った事の無いコノエにとって、クラスの猫と一緒に会話を合わせるのだけでも疲れてしまう。
コノエには、他の猫の気持ちが分かってしまうのだ。心で感じ取ってしまう力がある。
だから、都会の高校である藍閃の猫の多さがコノエの心をさいなんだ。
そして一日一日をすっかり疲れてしまうコノエは部活動に入るのを諦めたのだった。
「帰宅部ってのも、街の中を知るには良いかもしれないな」
そう一人呟いて、コノエは坂を下った。
そして街の中心を避けて一人暮らしているアパートへと向かう。
すると、鼻歌を唄いながら歩いている角を曲がってきた大きな猫とぶつかってしまった。
「いてっ」
「っつー。なにすんだよ、チビ猫!」
「あんたこそ、ちゃんと正面見て歩けよな」
「あんだと!?」
ビックリしたのと、いきなりだったので、自分より大きな相手なのにコノエは喧嘩越しでつかみかかっていた。
相手は明らかに憤慨した表情でコノエの胸ぐらを掴むと、眉間に深い皺を寄せて怒鳴ってきた。
「あぁ?よっく見ると藍閃高校の新入生じゃねぇか」
オスはコノエの制服を見るや否や、丁度良い玩具を見つけたとばかりにコノエを睨む。
「ようよう、今ので、ちょっと骨折したみたいだから、入院費くれね?」
「な、骨折なんてしてないだろ!大体、なんで俺がっ」
コノエの身体をオス猫はゆっくりと持ち上げ始める。
元々細い方なコノエの体重なんてもろともせず、オス猫はコノエの足を完全に地面から離してしまった。
このまま投げ飛ばされでもしたら、それこそ骨折しかねない。しかしどんなにあがこうとも体格差に勝てるはずもなく、オス猫に命運を握られている状態になった。
こんなヤツに負けたくなんかない!
「ふんっ気にくわない目だな、おらぁぁ!」
コノエが鋭い眼差しでオス猫を見ると、それが気に障ったオス猫が思いきりコノエを投げ飛ばそうとした。
衝撃に備えてコノエはギュッと目を閉じる。
しかし、いつまで経っても衝撃は襲って来なかった。
「?」
恐る恐る目を開けると、視界には自分の胸ぐらを掴む太い腕と、その太い腕を押さえている、たくましい腕があった。
「あ、あんたは……まさか」
「ふん、貴様に名乗る名など無い」
どげしっ。
にぶい音が聞こえたかと思うと、ゆっくりと地面にコノエの足が着く。
コノエが見上げると、そこには、銀色の毛並を持つ大型のオス猫が立っていた。
オス猫が着ていたのは……コノエと同じ藍閃高校の上級生の制服だった。
「あ、あんたも藍閃高校なのか!助けてくれて、ありが」
「もっと周りをよく見て歩け、馬鹿猫が」
出会いは、最悪だった。
続く。